| カルステンツ カルステンツピラミッド エベレスト セブンサミッツ 世界7大陸 マナスル |
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| 山岳ガイド 倉岡裕之のページ | |||||||||||||||||||||||||||||
| エベレスト、マナスル、アマダブラム、カルステンツ、ビンソン、天山、パミール、パキスタン........ | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 登頂パーティー | |||||||||||||||||||||||||||||
| ※これまでの写真は写真をクリックすると出てきます | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 【8000m峰】 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 2009年秋 マナスル(募集中) |
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| 2010年春 エベレスト(募集中) | |||||||||||||||||||||||||||||
| 【ネパールの名峰】 2009年10月 アマダブラム(募集中) |
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☆主催:ヒマラヤン・エクスペリエンス ![]() |
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| 【その他のセブンサミッツ】 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 2009年11月5日 カルステンツピラミッド(募集中、現在3名、残1) 2009年 12月14日,12月27日 ビンソンマシフ(募集中) 【天山・パミール】 2009年8月 エルブルース(募集中) 【南米】 2010年2月 アスパイリン:ニュージーランド(募集中) 2010年2月 アコンカグア:アルゼンチン(募集中) |
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| 問い合わせは:WECトレックinfo@everest.co.jpまで WECトレックのHPはhttp://www.everest.co.jp/index.htmです ! 倉岡へのメールはhiro_k@mopera.net (hiro_k@mopera.net)まで |
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| 倉岡裕之プロフール 1961年生まれ。日本人初の世界七大陸最高峰ガイディング。エベレストガイド登頂3回。 ヒマラヤン・エクスペリエンス公認ガイド・日本山岳ガイド協会上級登攀ガイド Discovery Channel, Everest Beyond the limit 2 見てね! http://japan.discovery.com/everest/ (これは前回の宣伝です) 今年撮影分の放映は日本では未定です。そのうちやりますね。 |
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| 暇なので今日も更新します。昨日午後からまた雪です。どうもC2付近は雪が深すぎるため、7summits club も我がHIMEX隊も荷下げは断念する方向で話が進んでいます。来季までデポという形でしょう。そんな天気には関係なくBCから荷下げのヤク達は毎日やってきます。明日の朝の天気次第で、我々ガイドたちもナムチェバザールまで下りようかってなことになるかもしれません。そろそろBCも飽きたし、これ以上いると下りの筋肉もなくなってしまいそうです。というわけで、これをもちまして、なかなか更新されない日記も終止符になりそうです。Thank you for your visit ! 次回は中央アジアからか?!(5/31) | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 8600m付近を行く。後方はローツェ | |||||||||||||||||||||||||||||
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| バルコニーから続く稜線を行く | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 灼熱の太陽のもとテントを乾かすウディーガイド | |||||||||||||||||||||||||||||
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| BCに戻って5日目、white podはガイドたちの体力を日に日に奪っていきます | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 今日も快晴です。また少し冷え込みました。テントの内側が凍っていました。朝5時のテント内の気温がマイナス10度くらい。寝袋のファスナーが壊れたのでダウンを着込んで寝袋は掛け布団です。ファスナーといえば登山靴。前から不評ったファントム8000のファスナー。滝口隊員はかなり苦労していましたが、ついに金具が取れてしまいました。C2でディスカバリーチャンネルのカメラマン、ジェイミーにゲーターを借りて、ファスナー最下部はリペアテープ1枚で覆っての登頂となりました。これは危機一髪でしたね。特に小さいサイズでは問題ありありありですね。メーカーの対応が待たれます(って5年くらい言ってますけどね)。雪も安定してきましたから、外を眺めると、アイスフォールをたくさんのシェルパたちが登って行きます。上部キャンプの荷下げですね。C2に閉じ込められていたカザフチームもこれで食事にありつけるでしょう。我々ガイドたちはシェルパになにかあった時のためにBCで待機です。でも登山靴も登攀具もルクラに送っちゃったしなぁ。なになに、予備が4セットあるって?!あっそう。(5/29朝) | |||||||||||||||||||||||||||||
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| サイクロンも去り、昨日は快晴でした。ガイドとシェルパを残し、メンバーたちはかなりの積雪の中、パンボチェまで降りて行きました。大雪の中、明け方まで登頂祝賀パーティーが催され、ひどい二日酔いのまま下山した人いわく「これは高度のせいで酒のせいじゃないよ、ウィーッ!」お開きは夜中の2時半だったとか。ちなみに、ガイドとシェルパはC2、C1の荷下げが雪崩の危険のためできないのでしばらくBCに滞在です。テントの修理やかたずけ、やることは山ほどありますねぇ。 ところで、今回登頂した日本人隊員の斎藤隊員、芳田隊員は北面からの登頂に次ぐ南北両面からの登頂に成功です。そしてお二人ともすでに7サミッツを達成しています。(斎藤隊員はコジオスコバージョン、芳田隊員はカルステンツバージョン)滝口隊員は昨春マナスルに一緒に登頂しています。3隊員ともに、今回の欧米人に比べると圧倒的に登山経験豊富で、まあいってみれば「楽勝」でした。 今回、カトマンズのエリザベス・ホーリー氏のアシスタントを務めるビリー(両方とも女性です)が、登山に参加し、本を書くことになりました。ジャーナリストを自称する彼女が書こうとした本は、「エベレストbefore & after」みたいな、登山者がエベレスト登山前と登山後でどのように変化するかってやつなんですけれど、(ヘルマンブールの8000mの上と下に出てくる彼の変身ぶりみたいな)滝口隊員の登山後は、なんと登山前より若返ってしまって、これ逆にしないと使えないなぁ、なんて思いました。実は滝口隊員、登山前はかなり不調で、毎日「帰りたい病」でしたから。 HIMEX隊全体の成績はといいますと、エベレスト登山史上最多の、1シーズンでシェルパを含め56人登頂という快挙を成し遂げました。ここ10数年にわたるチベット側からの快挙をそのままネパール側に持って来たことになりますね。まあ、他の隊に比べて遠征に対する取り組み方が極めてフェアであることがその原因だと私は思っています。ルート工作を全くしない他の多くの隊、言ってみればルートが出来上がってからBCにやってくる隊、ルートができるまでBCでなりを潜めている隊など、まあなにも協力しない隊がほとんどのエベレスト。当然フィックスは張ってあり、なにかあってもだれかがレスキューしてくれると思っている人たちが大半を占めるエベレスト。こんな変なところはエベレストとチョーオユーくらいしかありません。他の8000m峰はそんな有象無象には登れないでしょう(マナスルもそうなる可能性あり)。 ただし、今年のチベット側エベレスト(チョモランマ)では多くの遭難者が出ましたね。悪天候で突っ込んで凍傷になった人はもちろんですが。フィックスロープの設置もかなり遅かったですね。HIMEX隊なきチベットの山々、今後難しい本来の山の姿を取り戻すかもしれませんねぇ。チョーオユーが簡単な山ではなくなるかもしれないってことですよん。(5/28) |
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| 本日午前9時ころ、サイクロンらしき雪の中C2より下山しました。35kgの荷物は少々こたえましたが、やはり1200mも降りてくると、空気の濃さの方が優勢で筋肉痛は缶ビール一本とみんなの出迎えの前では一瞬にチベットへ飛んで行ってしまいました。登頂もまた強風、たぶん笠雲の中でした。カメラは酸素マスクからの滴で全面氷のよろいに覆われていましたのでフォーカスは無限大のフィックス、おまけに新品のcanon 5d markUはすぐにエラーがでる始末。電池の出し入れをマイナス25℃の中で幾度と繰り返しました。5dは快調だったのに。この損失はでかいですね。前置きがながくなりました。しかしこの雪で充電ができないのでアップデイトはさらに時間がかかるかも。あ、そうそう、登山の結果ですね。第二陣は優秀で、C2を出発したメンバー9人全員登頂しました。強風のため夜中の1時にサウスコルを出発、私は22分ほど遅れて出発。バルコニーの後で、AAIチーム20人をぶち抜き、シェルパのドルジェとアラスカのアレックスと一緒に朝7時過ぎに登頂。なんと斎藤さんの酸素マスクトラブルなどでヒラリーステップ付近まで頂上から2往復して結局頂上滞在時間2時間30分の後、下山開始。渋滞に巻き込まれサウスコル着午後2時30分という長い登山になってしまいました。でもなんといっても一番つらかったのはやっぱりサウスコルでの「うんこ」でしょう。ケンさんもジュンコさんもがんばりますねぇー!(何を???) 5/25 (急いでいましたので意味不明の点はご勘弁)to be continued!! | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 速報=神奈川大学隊、チベット側から2名登頂とのことです。(ウェックトレック古野氏より)素晴らしいですね、この強風の中。無事の下山をお祈りします。(5/18午後) | |||||||||||||||||||||||||||||
| アタック開始前日 | |||||||||||||||||||||||||||||
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| BCからエベレスト山頂は見えない。プモリ山頂の雪煙で推しはかるしかないが | |||||||||||||||||||||||||||||
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| さて、我がHIMEX隊第二陣のみんなは、強風の中静かに出発の準備を進めているようです。中には緊張のためゆえに沈黙を保つ人もいるようですね。エベレスト登山にギャンブルはありません。いや、ひとつだけ。アイスフォールの通過でしょう。まあそれも日の出前に通過することによりかなりの危険は回避できます。先日の犠牲者はそのセオリーを無視したことに大きな原因があるといえるでしょう。明日は深夜12時にBCを出発です。C1をスキップしてC2まで入るのですが、まあ、高度順応的には全員問題ありません。しかし、第一陣の報告によると、C1からのウェスタンクームの日の出後の暑さにやられて10時間以上かかった隊員がいたためにBCを少し早めに出発することになりました。まあ、どこかの隊の報告のようにいくらなんでも58℃なることはありませんけどね!ボンネットの目玉焼きじゃないんですから!人間生きていけません。アイスフォールもかなり安全なものになってるでしょうね!ではではHasta la vista baby! お次は登頂後BCに戻ってからですね。なかなか更新されません。(5/18) | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 第一グループが出発したBCは静かに明けたました。ダイニングテントやwhite podの掃除、各自アタック前の洗濯、シャワーなどいつもの半分の人口密度でのんびりムードです。3つあるダイニングも今日からしばらくは一つ閉鎖。日本チームの昼はカレーうどん。今朝から春の温かい日差しが降り注いでいます。テントとテントの間に小川が出現しているところも。いよいよ短い登頂シーズンがやってきたようです。エベレストの登頂チャンスはシーズン10日間といわれています。それを逃すとジェットストリームが下りてきて、モンスーンの到来となります。(5/17) | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 食事の時間の「ドラ」を鳴らすキッチンボーイ | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 最後の高度順応からもどり、だらだら過ごすことはや1週間。ここのところ雪が降り続いていましたが、今朝は少し気圧が上がり、冷え込んで北風が冷たいですね。朝食後、ガイドミーティングに続き、登頂日、登頂シフトの発表がありました。昨日までに5人の脱落者、生存者(登頂できそうな人)が23人。登山スピード、技術、高度順応の度合で第一組、第二組のメンバー発表が。と言ってもいつものように日本人チームは査定に関係なく第二組にしてもらうことに。ぎらついたメンバーと行くのはいま一つ気乗りしないということもあります。ちなみに査定では日本チームは全員AのAであります。慌てる○○○はもらいがすくないのだ。登頂予定日はしばらく秘密とします。とりあえず、明後日あたりから天気が回復の兆しなのでそのころから大量の登山者が登頂を目指すことと思いますが、我々はその波が一段落してからBCを出発するとだけ言っておきましょう。 昨日からBGANの調子がわるいので、この更新がアップされるのにはあと数日かかりそうです(5/14) |
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| 天気図、風速、湿度、気温チャートなどを眺めるガイドたち(左)ジェットストリームの位置を示すチャート(右) | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 本日は3日目の雪となりました。IMGチームは天気予報をはずし、下山してきました。ローツェフェースで肋骨骨折者、歯痛、アル中シェルパなどヘリコプターの需要が絶えません。休養にクムジュンまで降りていた我がシェルパたちも今BCに戻ってくることになっています。ちょっと前後しますが、5/5の今季初登頂のデイビッドとサーダー、プルバの写真を載せます。 | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 登頂を終えてC3(7300m)に降りてくるディビッド。すぐ上はイエローバンド。一昨年は北から登り南へ下りている。エベレスト登頂は3度目になる | |||||||||||||||||||||||||||||
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| というわけで今回初めての雪かき!じめじめするかと思いきや、朝食後すぐに晴れて猛暑となりました。昨秋のマナスルでの毎日の雪かきjを思えば楽なもんです。今期もマナスル、ダウラギリは雪が多いみたいですね。(5/12) | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 通信上の問題でアップデートが滞ってしまいました。「なかなか更新されない」日記なのですが、先日、「暇な日々に更新します」と言った手前、少し恐縮です。というわけで5/11のアップは5/8の日記になってしまいました。昨日、本日とBCは雪です。14日あたりからそろそろデビッドに次ぐ登頂者が出そうです。その後はまた強風と低温となりそう。我々の登頂日は20-25日と見ています。というわけで明日からも暇そうです。そうそう、昨日はデビットを乗せて帰ったヘリコプターがカトマンズから運んできたノルウェー産のlサーモンを食べました。でかいのが3尾でしたね。こんなのはカトマンズの寿司屋でも絶対に食べられませんね。写真を取り損ねたのが残念です。(5/11) | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 本日は平和な一日でしたが、昨日吹き飛ばされて亡くなったシェルパの家族に見舞金を渡すことになり、メンバーから募金を募りました。HIMEXチームのシェルパではありませんが、さすがラッセル、チームと関係なくともシェルパたちへの情は厚いですね。まあ、今後のネパール側での仕事をスムーズにするためには違いありませんが頭が下がります。 | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 昨日2回目のセラック崩壊。我々はBC近くまで降りてきていましたが............ | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 昼食後は酸素器具の使い方の説明がwhite podにて行われました。昨秋のマナスルより使用開始となったTop Outのマスク、従来通りのポイスクのシリンダー、レギュレーターですね。私は秋のマナスルで初めてこのマスクを使いましたが、隊員のが壊れていたので、結局無酸素状態でしたが。昨春のマナスルの戦闘機マスクが懐かしいですね。壊れていなければ、酸素吸入効率は20-30%ほどアップするといわれています。ということは3リットル/分で4リットル/分の効果が得られるかも知れません。 | |||||||||||||||||||||||||||||
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| white podにて講釈をたれるラッセルブライス隊長 | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 今朝6時にC2を出発、最後の高度順応をローツェフェース上のC3(7300m)宿泊で終えました。一昨日5月5日は、わがHIMEX隊から今期初となる登頂者が。IMGなどとのフィックスロープ工作方針が決裂した結果、明けてみれば一昨年までの北面と同様、HIMEXが頂上までフィックスを張ることに。サーダーのプルバタシ他、シェルパのフィックス工作に同行した英国人のデビット・テイトがシェルパ以外の今季初登頂を成し遂げました。その日C3で私たちと一夜を共にした彼は翌朝6時前にテントを後にし、BC帰着後すぐにヘリでカトマンズに戻ったそうだ。というわけで私からのデビッドへの登頂祝いはC3での一杯のミルクティーだけとなった。 | |||||||||||||||||||||||||||||
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| ローツェフェースの夜明け。すでのに交通渋滞が激しい。上部はローツェ | |||||||||||||||||||||||||||||
| アイスフォールをBCへ下山中、西綾からの大きなセラックの崩壊があり、暑いさなかの猛吹雪を味わった。ちょっとの間涼しかった。このようなセラックの崩壊は日常茶飯事なので、ここでは大きなニュースにはならないけれど、直撃を食らわないまでも、その爆風たるやすさまじいものがあり、爆風をから身を守るためにクレバスに飛び込んだシェルパが今日は一人!日の出後のアイスフォールの通過は極力避けたいものですね。さてこの一週間の出来事のアップは明日からの暇な日々の過ごし方としたいです。ちょっと疲れたので今日はこれまで。7300mに一泊して頭痛に悩まされたのは久しぶりです。年のせいでしょうか?いや、歯痛のせいと思いたいですね。(5/7) 続報:この崩壊でシェルパが一人亡くなりました。フックスロープにクリップしていなかったようです。ご冥福を祈ります。フィックスロープにクリップしていないシェルパが多いです。やはり安全には念を入れなくてはいけませんね。「起こりうることは必ず起こる」という名言がありますが、ほんとうにその通りですね。 |
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| 休養日の過ごし方 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 夜中の2時30分、早く行きたい組14名とガイド4名がアイスフォールに。C1を跳ばしてC2に入る隊員、C1に泊まる隊員。午前9時以降は猛暑となるためC2にいきなり入るにはかなりのスピードが必要。そんな我慢できない組を尻目に「のんびり」組と「のろい」組はBCで休養。ハッキリ言えることが一つ。「外人はおもてが好き。日本人はテントの中が好き」みたいです。「のんびり」組と「のろい」組の出発は明後日、明日もこんな感じでだらだら。高所登山に急ぎは禁物。メリハリつけて行きましょう。ちなみにGWも豚インフルエンザも関係ありません。いるのは冷凍チキンとヤクだけです。(4/29) | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 4月26日、ロブチェピークでの2度目の順応を終了しエベレストBCに戻りました。ロブチェピーク6050mでのキャンプはエベレストやマカルー、アマダブラムなどの素晴らしい夕焼けを楽しませてくれました。日本人隊員3名も順調に仕上がりつつあります。特に芳田隊員はNZガイドのナリーをあおりまくってましたね。ロブチェピークの東の肩にテントを張り、エベレストC1と同等高度に宿泊というコンセプトの順応でした。 | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 下の写真:左上がエベレスト、右下にわれわれのテント7張り、中央はマカルー、左右に横切るのはクーンブ氷河 | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 次回順応はいよいよアイスフォールに突入します。30日ころから2グループに分かれて、C1→C2に2泊→C3→C2→BCの予定で順応行動です。ルートはサウスコルまで伸びています。今期はジェネバスパーに雪がないため、落石の危険が多く、カトマンズから60個のヘルメットを取り寄せました。 | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 昨夜はルート工作を終えたシェルパたち、ロブチェでの順応を終えた隊員たち全員が珍しくBCに結集したので、White Podでパーティーが開かれ夜中まで大変なことになっていたようですが、ロブチェピークの稜線のキャンプから本日降りてきたばかりの日本人隊員は夕食後朝まで爆睡でした(4/27) | |||||||||||||||||||||||||||||
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![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 一昨日4/12は安全祈願のお祈り(プジャ)を行いました。翌13日未明シェルパたちがBCを出発、ウェスタンクームC2)に一番乗りし、キャンプ地の確保、必要物資のデポを行いました。メンバーたちはカラパタールに高度順応に。数日ぶりの運動は心地よい眠りを隊員たちにもたらしたようです。(4/14) |
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![]() 今日はノーマルのBCまで散歩です。暇なので更新します。写真をクリックするとBAR WHITE PODが現れます。昨日夕方営業開始しました。ビール、コーラ、ウィスキー、ワインは4ドル、酸素ボンベは450ドルで販売中です。(4/11) |
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![]() 2009年春のエベレスト、始まりました。28名の参加者、7名のガイド、シェルパ40人の大部隊!ブログは田村ガイドのアクティブマウンテンのロゴをクリックしてください。明日の朝便でルクラへ。(3/30カトマンズにて) |
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| 〜以上更新されないエベレスト日記〜 | |||||||||||||||||||||||||||||
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は、まだ開かず。エベレスト、チョーオユー、シシャパンマ、登山許可は出ているもののVISAがおりない状態が続いているみたいですね。決定権のないチベット登山協会は「大丈夫でしょう」と言い、世界の目が気になる「北京」はシーズン直前まで答えを出しません。昨年は出発前々日にシャットアウトを食らった隊もありますし。笑えないチベットです。相変わらず。直前でVISAがでたとして、何隊チベット側エベレストに入山するんですかねぇ? 2隊や3隊じゃあ、チベット登山協会がフィックスロープを張ってくれるとは到底思えないのですが。エベレストでもリアル登山の復刻ですか。(3/16)⇒ 一昨日、どうもVISAが出たようですね。よかったよかった。(3/19)ただし、ある筋によると4/15以降の許可みたい。4/15が入国日か登山開始日かは不明です。(3/21) ![]() |
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| ☆2009年の春はネパール側からのエベレストになりました。チベット問題や、登山レギュレーションの変更などで不明瞭なことの多い北側からの登山を見合わせ、ネパールからの挑戦です。ほとんどの公募登山隊はネパール側からになるようです。これでフィックスロープの問題はありませんね。アイスフォールのフィックスは往路、復路の2ルートを設置することでほぼ合意が成立しています。北側はチベット登山協会がちゃんと「働いてくれれば」、静かな登山ができるのでは?!まあ入山が危ぶまれた2008年秋のチョーオユーでも結果的に4隊の登山隊が登頂に成功しているわけですから、北側希望者は天に祈りましょう。公募隊以外の登山隊は他隊に「おんぶにだっこ」という発想はちょっと厳しいですかね。さて、我がHIMEX隊は3年連続のディスカバリーチャンネルの同行となっています。日本語版、去年に引き続き放送されるでしょうか。一番の心配事はヒラリーステップ渋滞でしょうね。まあ、各隊仲良く譲り合いですね。 | |||||||||||||||||||||||||||||
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☆カルステンツピラミッド
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![]() エベレスト山頂(左)とチョー・オユー(中央奥)の夜明け |
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