エベレスト冬から春へ (2009年3月26日〜6月8日)

エイドリアン
<帰国>この日記、BCを出発する時点で一度閉じたのですが、次の日記が始まるのがまだ先なので、ちょっと帰国後でなんですが、更新します。いやー、結局ナムチェまで1日で歩いたんですが、最初の2時間若者エイドリアン(米国人ガイド)と同じペースで歩いたのがいけませんでしたね。ペリチェで足が終わりました。でも、エイドリアンも3人のkiwiガイド(ニュージーランド人ガイドのこと)もピンクドクターもズルイっていうか賢かったですね。多分ポーターは一日でナムチェまで到着しないということで全員寝袋とダウンジャケットとか担いだほうがいいって言う昨夜のガイドミーティングだったのに、夜が明けて、ちょっと寝坊して、あわてて荷物をポーターに預けてからwhite podに朝飯食べに行ったら、なんでやねん?みんなデイパックじゃん!!ヤッパリ重いから軽く行こうってなったんだとさ。しかし、ポーターは出発してしまい、私と田村ガイドだけアイスフォールを下る時のようなでかいザック。この二人がナムチェに到着したのは日もどっぷり落ちて夜霧でかすんだなんとも幻想的なナムチェバザールではあったけれども、20 時30分!他のガイドたちはもう出来上がってたなぁ。ビールの空き瓶がテーブルを埋めていました。明日のルクラもやばいでしょ、この筋肉痛と膝の痛みじゃ!結局ポーターがルクラに到着したのは我々がカトマンズに飛んだ日でした。意味無くつかれきりましたが、朝9時にカトマンズのホテルについてから夜中までビールとワイン、なぜかテキーラでモリアガリました。じゃんじゃん。因みに帰国して10日がたちました。(6/18)

暇なので今日も更新します。昨日午後からまた雪です。どうもC2付近は雪が深すぎるため、7summits club も我がHIMEX隊も荷下げは断念する方向で話が進んでいます。来季までデポという形でしょう。そんな天気には関係なくBCから荷下げのヤク達は毎日やってきます。明日の朝の天気次第で、我々ガイドたちもナムチェバザールまで下りようかってなことになるかもしれません。そろそろBCも飽きたし、これ以上いると下りの筋肉もなくなってしまいそうです。というわけで、これをもちまして、なかなか更新されない日記も終止符になりそうです。Thank you for your visit ! 次回は中央アジアからか?!(5/31) 

8600m付近を行く。後方はローツェ
やっと大雪後の雪が安定してきたので、本日未明26人のシェルパたちがC1へ荷下げにいきました。午前9時にはBCに戻りました。体がなまってきたガイドたちは総数100を超えるテントの乾燥と破れた個所の点検などの作業にあたりました。さらに2回、C2とC1からの荷下げが残っているそうです。屈強なシェルパたちに感謝!

登頂日の話:

登頂日は北側に比べるとかなり易しいといえるでしょう。難しい個所はありません。ヒラリーステップはまったくもって拍子ぬけです。しかしこれは、現在の公募登山の進化を考えればのことであることを忘れないでください。20数年前までの登山を考えればヒラリーステップはやはり最大の難所であったことに間違いありません。ルート工作も荷上げも自分たちでやったひと時代前のエベレスト登山。まして無酸素で挑戦した先輩たちのことを考えると、何十倍の難しさであったであろうことは想像に難くありません。もう一つ南側のやさしい理由があります。最終キャンプが8000m弱だということです。北側は8300m付近が最終キャンプとなりますが、十分な高度順応をした登山者にとっては万が一8000mのサウスコルで酸素器具に故障が生じたとしても8300mよりは生きながらえるチャンスが多いといえるでしょう。まあ、順応しないで酸素だけに頼った登り方の場合は両者に差はないでしょうけれど。また、サウスコルは広大ですのでキャンプも楽ですね。ただ、あの強風にはまいりました。(5/30)



(写真左=南峰直下を登るアレックスとシェルパのドルジェ)
バルコニーから続く稜線を行く
灼熱の太陽のもとテントを乾かすウディーガイド
BCに戻って5日目、white podはガイドたちの体力を日に日に奪っていきます

今日も快晴です。また少し冷え込みました。テントの内側が凍っていました。朝5時のテント内の気温がマイナス10度くらい。寝袋のファスナーが壊れたのでダウンを着込んで寝袋は掛け布団です。ファスナーといえば登山靴。前から不評ったファントム8000のファスナー。滝口隊員はかなり苦労していましたが、ついに金具が取れてしまいました。C2でディスカバリーチャンネルのカメラマン、ジェイミーにゲーターを借りて、ファスナー最下部はリペアテープ1枚で覆っての登頂となりました。これは危機一髪でしたね。特に小さいサイズでは問題ありありありですね。メーカーの対応が待たれます(って5年くらい言ってますけどね)。雪も安定してきましたから、外を眺めると、アイスフォールをたくさんのシェルパたちが登って行きます。上部キャンプの荷下げですね。C2に閉じ込められていたカザフチームもこれで食事にありつけるでしょう。我々ガイドたちはシェルパになにかあった時のためにBCで待機です。でも登山靴も登攀具もルクラに送っちゃったしなぁ。なになに、予備が4セットあるって?!あっそう。(5/29朝)
頂上の芳田隊員 頂上の滝口隊員 頂上の斎藤隊員

 サイクロンも去り、昨日は快晴でした。ガイドとシェルパを残し、メンバーたちはかなりの積雪の中、パンボチェまで降りて行きました。大雪の中、明け方まで登頂祝賀パーティーが催され、ひどい二日酔いのまま下山した人いわく「これは高度のせいで酒のせいじゃないよ、ウィーッ!」お開きは夜中の2時半だったとか。ちなみに、ガイドとシェルパはC2、C1の荷下げが雪崩の危険のためできないのでしばらくBCに滞在です。テントの修理やかたずけ、やることは山ほどありますねぇ。

ところで、今回登頂した日本人隊員の斎藤隊員、芳田隊員は北面からの登頂に次ぐ南北両面からの登頂に成功です。そしてお二人ともすでに7サミッツを達成しています。(斎藤隊員はコジオスコバージョン、芳田隊員はカルステンツバージョン)滝口隊員は昨春マナスルに一緒に登頂しています。3隊員ともに、今回の欧米人に比べると圧倒的に登山経験豊富で、まあいってみれば「楽勝」でした。

今回、カトマンズのエリザベス・ホーリー氏のアシスタントを務めるビリー(両方とも女性です)が、登山に参加し、本を書くことになりました。ジャーナリストを自称する彼女が書こうとした本は、「エベレストbefore & after」みたいな、登山者がエベレスト登山前と登山後でどのように変化するかってやつなんですけれど、(ヘルマンブールの8000mの上と下に出てくる彼の変身ぶりみたいな)滝口隊員の登山後は、なんと登山前より若返ってしまって、これ逆にしないと使えないなぁ、なんて思いました。実は滝口隊員、登山前はかなり不調で、毎日「帰りたい病」でしたから。

 HIMEX隊全体の成績はといいますと、エベレスト登山史上最多の、1シーズンでシェルパを含め56人登頂という快挙を成し遂げました。ここ10数年にわたるチベット側からの快挙をそのままネパール側に持って来たことになりますね。まあ、他の隊に比べて遠征に対する取り組み方が極めてフェアであることがその原因だと私は思っています。ルート工作を全くしない他の多くの隊、言ってみればルートが出来上がってからBCにやってくる隊、ルートができるまでBCでなりを潜めている隊など、まあなにも協力しない隊がほとんどのエベレスト。当然フィックスは張ってあり、なにかあってもだれかがレスキューしてくれると思っている人たちが大半を占めるエベレスト。こんな変なところはエベレストとチョーオユーくらいしかありません。他の8000m峰はそんな有象無象には登れないでしょう(マナスルもそうなる可能性あり)。

ただし、今年のチベット側エベレスト(チョモランマ)では多くの遭難者が出ましたね。悪天候で突っ込んで凍傷になった人はもちろんですが。フィックスロープの設置もかなり遅かったですね。HIMEX隊なきチベットの山々、今後難しい本来の山の姿を取り戻すかもしれませんねぇ。チョーオユーが簡単な山ではなくなるかもしれないってことですよん。(5/28)
すいません、また登場してしまいました。山頂での5DmarkUと私です
拡大です。新しい酸素マスクTopOutは吸気効率はいいのですが、よだれのように排気(吐く息)がカメラを襲うのが私にとっての欠点ですね。カメラは氷のよろいに覆われます。(前回記事参照)氷とエラーは無関係です、念のため
photo:Alex Turner
けっこう降りましたね。(写真左=埋もれた私のテント、中=つぶれた田村ガイドのテント、右=朝から働くラッセル隊長
一夜明けた(5/27)のBC。だいぶ雪は減りました。また今夜から雪だとか!アイスフォールの雪崩な危険のためしばらく近寄らない方がいいですね。ナンマイダブ

本日午前9時ころ、サイクロンらしき雪の中C2より下山しました。35kgの荷物は少々こたえましたが、やはり1200mも降りてくると、空気の濃さの方が優勢で筋肉痛は缶ビール一本とみんなの出迎えの前では一瞬にチベットへ飛んで行ってしまいました。登頂もまた強風、たぶん笠雲の中でした。カメラは酸素マスクからの滴で全面氷のよろいに覆われていましたのでフォーカスは無限大のフィックス、おまけに新品のcanon 5d markUはすぐにエラーがでる始末。電池の出し入れをマイナス25℃の中で幾度と繰り返しました。5dは快調だったのに。この損失はでかいですね。前置きがながくなりました。しかしこの雪で充電ができないのでアップデイトはさらに時間がかかるかも。あ、そうそう、登山の結果ですね。第二陣は優秀で、C2を出発したメンバー9人全員登頂しました。強風のため夜中の1時にサウスコルを出発、私は22分ほど遅れて出発。バルコニーの後で、AAIチーム20人をぶち抜き、シェルパのドルジェとアラスカのアレックスと一緒に朝7時過ぎに登頂。なんと斎藤さんの酸素マスクトラブルなどでヒラリーステップ付近まで頂上から2往復して結局頂上滞在時間2時間30分の後、下山開始。渋滞に巻き込まれサウスコル着午後2時30分という長い登山になってしまいました。でもなんといっても一番つらかったのはやっぱりサウスコルでの「うんこ」でしょう。ケンさんもジュンコさんもがんばりますねぇー!(何を???) 5/25 (急いでいましたので意味不明の点はご勘弁)to be continued!!

報=神奈川大学隊、チベット側から2名登頂とのことです。(ウェックトレック古野氏より)素晴らしいですね、この強風の中。無事の下山をお祈りします。(5/18午後)
アタック開始前日
BCからエベレスト山頂は見えない。プモリ山頂の雪煙で推しはかるしかないが
夜半から吹き始めた北寄りの風。不思議と気温は高いです。春一番を思わせる強い風。テントの内側に霜が張らなかったのは今季初めてのこと。登頂に寒すぎない気温ですが、本日登頂予定の人たちには厳しすぎる風でしょう。最終キャンプでねばれる資材を用意している隊、そうでない隊、明暗が分かれそう。命や指を失うことを覚悟で突っ込む人もいるかもしれません。8000mのキャンプで冷静な判断ができた人は登山家と呼ばれるにふさわしいと言えるでしょう。個人として、そして隊としての能力が問われる時ですね。命は一つです。
さて、我がHIMEX隊第二陣のみんなは、強風の中静かに出発の準備を進めているようです。中には緊張のためゆえに沈黙を保つ人もいるようですね。エベレスト登山にギャンブルはありません。いや、ひとつだけ。アイスフォールの通過でしょう。まあそれも日の出前に通過することによりかなりの危険は回避できます。先日の犠牲者はそのセオリーを無視したことに大きな原因があるといえるでしょう。明日は深夜12時にBCを出発です。C1をスキップしてC2まで入るのですが、まあ、高度順応的には全員問題ありません。しかし、第一陣の報告によると、C1からのウェスタンクームの日の出後の暑さにやられて10時間以上かかった隊員がいたためにBCを少し早めに出発することになりました。まあ、どこかの隊の報告のようにいくらなんでも58℃なることはありませんけどね!ボンネットの目玉焼きじゃないんですから!人間生きていけません。アイスフォールもかなり安全なものになってるでしょうね!ではではHasta la vista baby! お次は登頂後BCに戻ってからですね。なかなか更新されません。(5/18)

第一グループが出発したBCは静かに明けたました。ダイニングテントやwhite podの掃除、各自アタック前の洗濯、シャワーなどいつもの半分の人口密度でのんびりムードです。3つあるダイニングも今日からしばらくは一つ閉鎖。日本チームの昼はカレーうどん。今朝から春の温かい日差しが降り注いでいます。テントとテントの間に小川が出現しているところも。いよいよ短い登頂シーズンがやってきたようです。エベレストの登頂チャンスはシーズン10日間といわれています。それを逃すとジェットストリームが下りてきて、モンスーンの到来となります。(5/17)
食事の時間の「ドラ」を鳴らすキッチンボーイ
キッチンも衛生第一。いつも掃除を ダイニングの一つ。隊員も積極的に掃除を手伝います もはや「古き良き」地面での調理は、衛生的とは言えません 食事の前には手を洗いましょう

昨日昼食後、登頂日にマンツーマンで隊員の面倒を見るシェルパが発表になりました。一番元気な、昨日42才の誕生日を迎えたクリス・ディベル隊員にサーダーのプルバが付くことに。まあ妥当な決定です。これで隊員もみんな、登頂までの戦略をおのおの考えられる材料がそろいましたので、ここ1週間以上のだらだらムードも、少し引き締まったものになるでしょう。ベテランシェルパに加えて今年はもう10代の若いシェルパが多数加わりました。みんなやる気充分で頼もしいですね。
明日の夜半2時半にアタックを開始する隊員たちは忙しそうにパッキングしています。第二組はのんびりですね。white pod では昨夜も隊員の誕生パーティーが開かれていて、私も参加しなのですが、南アフリカ出身のロビンはゲーム好きで毎回いろんなゲームが飛び出てきます。まあ、いわゆるパーティー好きなんですが、昨夜は英語の連想ゲーム。日本人の私もヒントを出すのですが、みんなが20秒のところを45秒もらって頑張りました。クリス誕生日おめでとう!
BGAN(衛星モデム)は壊れました。隊の物を借りてHPのアップデートができるようになりました。めでたしめでたし。(写真左=BGANの修理を試みる田村ガイド。写真上=第二組のガイドチームをサポートするアン・ニマ。写真右=朝は晴れて午後から雪の天気の今日この頃。放置された洗濯物は凍ります。)(5/16)

最後の高度順応からもどり、だらだら過ごすことはや1週間。ここのところ雪が降り続いていましたが、今朝は少し気圧が上がり、冷え込んで北風が冷たいですね。朝食後、ガイドミーティングに続き、登頂日、登頂シフトの発表がありました。昨日までに5人の脱落者、生存者(登頂できそうな人)が23人。登山スピード、技術、高度順応の度合で第一組、第二組のメンバー発表が。と言ってもいつものように日本人チームは査定に関係なく第二組にしてもらうことに。ぎらついたメンバーと行くのはいま一つ気乗りしないということもあります。ちなみに査定では日本チームは全員AのAであります。慌てる○○○はもらいがすくないのだ。登頂予定日はしばらく秘密とします。とりあえず、明後日あたりから天気が回復の兆しなのでそのころから大量の登山者が登頂を目指すことと思いますが、我々はその波が一段落してからBCを出発するとだけ言っておきましょう。
昨日からBGANの調子がわるいので、この更新がアップされるのにはあと数日かかりそうです(5/14)
天気図、風速、湿度、気温チャートなどを眺めるガイドたち(左)ジェットストリームの位置を示すチャート(右)

本日は3日目の雪となりました。IMGチームは天気予報をはずし、下山してきました。ローツェフェースで肋骨骨折者、歯痛、アル中シェルパなどヘリコプターの需要が絶えません。休養にクムジュンまで降りていた我がシェルパたちも今BCに戻ってくることになっています。ちょっと前後しますが、5/5の今季初登頂のデイビッドとサーダー、プルバの写真を載せます。
登頂を終えてC3(7300m)に降りてくるディビッド。すぐ上はイエローバンド。一昨年は北から登り南へ下りている。エベレスト登頂は3度目になる
写真、左から右へ:1,2=C3に到着直後のディビッド、3,4=同じくサーダーのプルバ・タシ。前日サウスコルからバルコニーまでフィックスし、5/5さらに上のフィックスロープ、ディスカバリーの小型カメラ、ディビッドを連れて登頂。このあとBCまで降りる。曰く、「酸素使ったら暑くてたまりません!」だとさ!!
というわけで今回初めての雪かき!じめじめするかと思いきや、朝食後すぐに晴れて猛暑となりました。昨秋のマナスルでの毎日の雪かきjを思えば楽なもんです。今期もマナスル、ダウラギリは雪が多いみたいですね。(5/12)
今朝のBC なぜかC2での私

通信上の問題でアップデートが滞ってしまいました。「なかなか更新されない」日記なのですが、先日、「暇な日々に更新します」と言った手前、少し恐縮です。というわけで5/11のアップは5/8の日記になってしまいました。昨日、本日とBCは雪です。14日あたりからそろそろデビッドに次ぐ登頂者が出そうです。その後はまた強風と低温となりそう。我々の登頂日は20-25日と見ています。というわけで明日からも暇そうです。そうそう、昨日はデビットを乗せて帰ったヘリコプターがカトマンズから運んできたノルウェー産のlサーモンを食べました。でかいのが3尾でしたね。こんなのはカトマンズの寿司屋でも絶対に食べられませんね。写真を取り損ねたのが残念です。(5/11)

本日は平和な一日でしたが、昨日吹き飛ばされて亡くなったシェルパの家族に見舞金を渡すことになり、メンバーから募金を募りました。HIMEXチームのシェルパではありませんが、さすがラッセル、チームと関係なくともシェルパたちへの情は厚いですね。まあ、今後のネパール側での仕事をスムーズにするためには違いありませんが頭が下がります。
昨日2回目のセラック崩壊。我々はBC近くまで降りてきていましたが............
みるみるうちに入道雲が湧き上がるように接近してきたかと思うと(左)爆風と吹雪が直撃
!身構える斎藤隊員。改めて亡くなったシェルパに合掌。遺体はクレバスに埋没し、回収は二次遭難の可能性があるということで捜索は打ち切られました。
昼食後は酸素器具の使い方の説明がwhite podにて行われました。昨秋のマナスルより使用開始となったTop Outのマスク、従来通りのポイスクのシリンダー、レギュレーターですね。私は秋のマナスルで初めてこのマスクを使いましたが、隊員のが壊れていたので、結局無酸素状態でしたが。昨春のマナスルの戦闘機マスクが懐かしいですね。壊れていなければ、酸素吸入効率は20-30%ほどアップするといわれています。ということは3リットル/分で4リットル/分の効果が得られるかも知れません。
white podにて講釈をたれるラッセルブライス隊長
説明の後実際に酸素を吸ってみる隊員たち。中には寝てしまう人も!
BC滞在の一か月を過ぎると、テントの周りの氷が溶けて修復工事が必要になります。つるはしとスコップで氷を削る人や、周りに石を積む人など、高度順応がおわってるせいか、なぜか優雅に見えます。でもこれ、順応できてなかったら死にそうな作業なのです、実は。(5/8)

今朝6時にC2を出発、最後の高度順応をローツェフェース上のC3(7300m)宿泊で終えました。一昨日5月5日は、わがHIMEX隊から今期初となる登頂者が。IMGなどとのフィックスロープ工作方針が決裂した結果、明けてみれば一昨年までの北面と同様、HIMEXが頂上までフィックスを張ることに。サーダーのプルバタシ他、シェルパのフィックス工作に同行した英国人のデビット・テイトがシェルパ以外の今季初登頂を成し遂げました。その日C3で私たちと一夜を共にした彼は翌朝6時前にテントを後にし、BC帰着後すぐにヘリでカトマンズに戻ったそうだ。というわけで私からのデビッドへの登頂祝いはC3での一杯のミルクティーだけとなった。
ローツェフェースの夜明け。すでのに交通渋滞が激しい。上部はローツェ
アイスフォールをBCへ下山中、西綾からの大きなセラックの崩壊があり、暑いさなかの猛吹雪を味わった。ちょっとの間涼しかった。このようなセラックの崩壊は日常茶飯事なので、ここでは大きなニュースにはならないけれど、直撃を食らわないまでも、その爆風たるやすさまじいものがあり、爆風をから身を守るためにクレバスに飛び込んだシェルパが今日は一人!日の出後のアイスフォールの通過は極力避けたいものですね。さてこの一週間の出来事のアップは明日からの暇な日々の過ごし方としたいです。ちょっと疲れたので今日はこれまで。7300mに一泊して頭痛に悩まされたのは久しぶりです。年のせいでしょうか?いや、歯痛のせいと思いたいですね。(5/7)
続報:この崩壊でシェルパが一人亡くなりました。フックスロープにクリップしていなかったようです。ご冥福を祈ります。フィックスロープにクリップしていないシェルパが多いです。やはり安全には念を入れなくてはいけませんね。「起こりうることは必ず起こる」という名言がありますが、ほんとうにその通りですね。

休養日の過ごし方
夜中の2時30分、早く行きたい組14名とガイド4名がアイスフォールに。C1を跳ばしてC2に入る隊員、C1に泊まる隊員。午前9時以降は猛暑となるためC2にいきなり入るにはかなりのスピードが必要。そんな我慢できない組を尻目に「のんびり」組と「のろい」組はBCで休養。ハッキリ言えることが一つ。「外人はおもてが好き。日本人はテントの中が好き」みたいです。「のんびり」組と「のろい」組の出発は明後日、明日もこんな感じでだらだら。高所登山に急ぎは禁物。メリハリつけて行きましょう。ちなみにGWも豚インフルエンザも関係ありません。いるのは冷凍チキンとヤクだけです。(4/29)
BIG BOSSラッセル(左)と田村ガイド(右) ピンクドクターことモニカ
孫の手が手放せない斎藤隊員 私と同じで歯痛に苦しむ芳田隊員。ピンクドクターのくれた抗生物質5日分を1日半で飲んでしまってさらに気分が悪くなったとか!人の話はよく聞きましょう!!!えーっと、読書が好きです☆

4月26日、ロブチェピークでの2度目の順応を終了しエベレストBCに戻りました。ロブチェピーク6050mでのキャンプはエベレストやマカルー、アマダブラムなどの素晴らしい夕焼けを楽しませてくれました。日本人隊員3名も順調に仕上がりつつあります。特に芳田隊員はNZガイドのナリーをあおりまくってましたね。ロブチェピークの東の肩にテントを張り、エベレストC1と同等高度に宿泊というコンセプトの順応でした。
下の写真:左上がエベレスト、右下にわれわれのテント7張り、中央はマカルー、左右に横切るのはクーンブ氷河
次回順応はいよいよアイスフォールに突入します。30日ころから2グループに分かれて、C1→C2に2泊→C3→C2→BCの予定で順応行動です。ルートはサウスコルまで伸びています。今期はジェネバスパーに雪がないため、落石の危険が多く、カトマンズから60個のヘルメットを取り寄せました。
昨夜はルート工作を終えたシェルパたち、ロブチェでの順応を終えた隊員たち全員が珍しくBCに結集したので、White Podでパーティーが開かれ夜中まで大変なことになっていたようですが、ロブチェピークの稜線のキャンプから本日降りてきたばかりの日本人隊員は夕食後朝まで爆睡でした(4/27)

ロブチェピークに高度順応に行ってきました。このところ気温が高く、高度順応が不十分で登高スピードが上がらないままアイスフォールに突撃するには神風級の勇気が必要でしょう。6000m超まで往復しBCに戻りました。メンバー全員が次回順応はアイスフォールを望んでいますが、危険すぎるのでロブチェピーク山頂宿泊でアイスフォールC1と同等高度宿泊というスケジュールに。幸い今朝から気温が下がってきたのでシェルパたちはC2までの最後の荷上げに未明出発。上部ルート工作の準備が整いました。
余談ですが、エベレストBC、ロブチェピークBC,ウェスタンクーム(C2)でのトイレはブルーバレスに。ポーターが荷下げします。その他の高所キャンプでは、南極と同じプラスチックバッグに。(4/22)
(写真上=ロブチェピークを行く滝口隊員、下左= BCトイレ、シャワーテント、下中=テント内洗面所右奥のブルーバレルトイレでがんばる芳田隊員.、下右=左奥にはシャワー室、ガス湯沸かし器付き。水切れに注意が必要!)

今日はアイスフォールでの梯子歩き及びユマーリング、ラペリングの練習です。高所ではシンプルな方法が結局安全。カラビナの安全環がいつでも安全とは限りませんね。明日ロプチェピークでの高度順応に出発します。昨日はHIMEX,IMG,AAI,JAGGED GLOBE他有名公募隊が集まりC2以上のフィックスロープ工作の役割分担が話し合われました。(4/17)



一昨日4/12は安全祈願のお祈り(プジャ)を行いました。翌13日未明シェルパたちがBCを出発、ウェスタンクームC2)に一番乗りし、キャンプ地の確保、必要物資のデポを行いました。メンバーたちはカラパタールに高度順応に。数日ぶりの運動は心地よい眠りを隊員たちにもたらしたようです。(4/14)


今日はノーマルのBCまで散歩です。暇なので更新します。写真をクリックするとBAR WHITE PODが現れます。昨日夕方営業開始しました。ビール、コーラ、ウィスキー、ワインは4ドル、酸素ボンベは450ドルで販売中です。(4/11)

4/9 BCに到着。シェルパは1ヵ月前からツルハシを振り回しモレーンの氷を整地。脱帽です。通常のBCより少し手前、プモリの真下が我々のBCです。今日はIMG隊に密着のDiscovery Channel のクルーがやってきました。2007年は一緒だったので懐かしいです。我がHimex対のカメラクルーももちろん旧知の仲。中でもマークはエベレスト登頂10回!!
(4/10)



2009年春のエベレスト、始まりました。28名の参加者、7名のガイド、シェルパ40人の大部隊!ブログは田村ガイドのアクティブマウンテンのロゴをクリックしてください。明日の朝便でルクラへ。(3/30カトマンズにて)

〜以上更新されないエベレスト日記〜