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世界でいちばん更新されないエベレスト日記(2010年春)
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white pod はドミトリーと化しています
登頂後は速やかに高所キャンプの撤収となります。昨年は登頂直後にサイクロンの襲撃を受け、大雪のためC2の撤収が完全に行われなかったためブーイングを受けたことと、その残置した荷物も盗難の憂き目にあったため、今年は何としてもすべてのハイキャンプを撤収したかったのです。ハイキャンプ撤収と同時にBCの撤収も始まります。メンバーたちは順次ヘリコプターや徒歩でBCを後にします。毎日BCにはポーターとヤクがやってきて物資を降ろして行きます。ガイドたちのテントも撤収されると寝床はwhite podに、ということになり、ガイド全員が衣食住をここに移します。まあ、食事のたびに各テントから移動する手間はなくなるのですがPボトルにPというのがちょっとはばかられるくらいです。下の写真はシャンボチェで飛行機待ちしているときに通過したエベレストマラソンの、たぶん優勝者となるランナーです。ゴールは10分先のナムチェバザールです。

本日は、カトマンズでの残務処理です。まず、アーユルベティックマッサージですか。その前にスクラビング。これは2か月体を洗わなかったのでマッサージ師の方にはかなりショッキングだったのではないでしょうか。その他の残務処理?。あーまだルクラから荷物が来ないので何もできませんね!明日から忙しいのかなぁ?本格的な雨季にはまだ2週間ばかりあるとのことです。(5/30)
エベレストマラソンご苦労様です。順応はしないんでしょうかねぇ。今一つ盛り上がりに欠けてます!


エベレスト山頂です。我が我孫子市制40周年の旗はBCで使っている枕カバーです(シモーネ・モロー撮影)
5月22日、メンバー12名、ガイド4名、シェルパは何人だったかなぁ20人くらい登頂しました。今年は天気予報が右往左往して、22日登頂予定でC3まで上がってきた隊の多くがサウスコル(C4,7980m)に行かずに出直したため、登頂日は好例の渋滞も少なく午前9時半にはC4に下りてくることができました。というわけでもないのですが、やはり宿泊地は標高が低い方がいいということで、メンバーの半分は22日のうちにウェスタンクームのC2(6400m)まで下ることに。

登頂前日エベレストの雪煙。サウスコルより
23日は早朝C2を出発、昼ご飯前にBCに到着。アイスフォールの途中から急に息苦しくなりました。どうも風邪をひいたようですね。登頂祝いパーティーをスキップして寝ることにします。歳のせいとは思いたくありませんが疲れが。翌日も残りのメンバーの下山を待ってパーティーだし、翌々日は全体のパーティーなので、無理して飲むこともありませんね。明けて24日、さすがに6時間爆睡した甲斐もあり少し咳がおさまりました。夜半から雪が積もってます。



今年もサイクロンかとひやひやしましたが、24日朝天気は回復
無風でしんしんと積もってます。妙に温かいなぁと思っていたら、アイスフォール最上部で2名、クレバス転落事故です。アイスフォールが崩壊しシェルパとスペイン女性が35m転落です。昼飯で満腹幸せ状態のところにラッセル隊長から救助命令が!この体の状態でアイスフォールを駆けあがれるのかなぁ、というかこの風邪で出動したらやばいでしょ、っと考える間もなく「OK」と言っている自分が怖いです。結局スペイン女性も意識を取り戻し、
担ぎ下ろすのは不可能という判断で事故現場付近でキャンプ、明朝ヘリでレスキューすることに。もう一人のシェルパは我々のシェルパであることが判明。呼吸困難状態の中、エイドリアンの後を追うことに。アイスフォール中間部まで駆け上って自力下山してきたシェルパと合流。思ったより怪我の程度が軽く、鎮痛剤投与でBCまで無事下山。その後、私の風が悪化したことは言うまでもありません。あー喉痛っ!(5/24)


新作レギュレーターです
本日登頂日和。80人近い人たちが頂上を目指しました。結果はまだ不明です。風も弱くかなりの人数が登頂した模様。

また、今朝は早朝からヘリがうるさいです。ローツェC4で亡くなったロシア人と数年前に亡くなったスイス人の遺体をC2(6400m)からヘリで搬送しました。

昨日プモリのC1まで筋トレに行ってきたのですが、なんと今夜からアタック開始命令が!
もう1日休養がほしかったところですが晴天を逃すわけにはいきません。昼食後、ゴンチャンのところに日本食をもらいに行きました。
午前中は酸素器具の使用説明です。今回のトピックは新しいレギュレーターの登場です。なんと最大毎分6リットルのフローレートです。4リットルボンベは2時間強でなくなる計算です。レスキューには有効かもしれませんね。今回5個のうち一つを私もテストします。6リットル/分、楽しみです。難点は従来のロシア製に比べ重いことですね。それではちょっと行ってきます。登頂は22日の予定です。(5/17)

青空の下でドクターモニカの高山病と対処法講座
昨日は三浦ゴンチャンのBCで鍋を御馳走になりました。1月半ぶりの日本食はやはり進みますね。スタッフミーティング後にちょっと離れたゴンチャンBCに行くのはちょっと苦労しました。脳浮腫になったようにふらふらしながらなんとかたどり着きました。ゴッツァンデス。
さて一夜明けて本日、快晴。今朝のシモーネ(イタリアの有名高所クライマー)からの無線連絡によるとサウスコルはハリケーン!韓国隊は明日の登頂とか。BCは小春日和。シェルパも今日はOFF。暇つぶしというわけでもないのですが、朝食後、ドクターモニカの高山病講座です。若いシェルパたちを対象に行いましたが、メンバーたちも参加。肺水腫、脳浮腫、低体温症、凍傷、雪盲のお話でした。雪盲以外にはすべて酸素が有効という話です。肺水腫や脳浮腫の兆候が見られた場合に酸素は有効ですが、一番大切なことは高度を下げる、つまり下山するということです。酸素を吸いながら登り続けるということはありません。即下山です。おおむねその時点で登山終了となります。脳浮腫になった人は自覚症状がない場合が多いです。脳が働いていないからですね。近くの隊員、その他の人が脳浮腫の症状を呈していて、その人に下山を促した場合、たいていの場合その人は強く反論し、登山続行を希望します。これはもう完璧な脳浮腫です。無理やりにでも下山させないと一刻を争う状況です。デキソメタゾンを注射して速やかに下に下ろしましょう。などなどのお話を特に若いシェルパたちに話したのでありました。手の指が凍傷になりそうな時の最後の手段、植村直己方式「玉握り」の話は出ませんでしたけどね。シェルパは全員Boyですので有効かと!(5/15)


ヘッドクォーターで毎日行われるきわめてマジメなミーティング
さあそろそろ具体的な登頂戦略を練る時期になってきました。大所帯の我が隊は第一次アタック隊、第二次アタック隊と2つの隊に分けなければならないこともしばしば。酸素ボンベやテント、寝袋の数などを細かく打ち合わせしなければなりません。昨年に比べて隊の規模が小さいのと、登頂をすでに断念したメンバーが多いので、どうも今年は全員一緒に登頂ということになりそうです。もちろん30名近くいるシェルパはみんな登りたくてうずうず。全員がエベレスト登頂経験者なのですが。
ちなみに今年の我が隊のガイドとシェルパのエベレスト登頂回数の合計は150回を超えています。サーダーのプルバタシは17回、今年すでにフィックス工作で5月5日に登頂していますので18回ですね。ガイドの中で最多登頂はウッディーの6回です。プルバは今年もう一度登るので、19回にならんとしてます。なんとも頼もしい限りです。しかし、プルバ曰く、「エベレスト登頂より冬場のヤクの世話の方が全然大変です。」だそうです。こうしてミーティングは毎日行われます。ラッセル隊長に会いに来るお客さんも多く、ここはエベレストの情報の集積地となっています。(5/14)


労働の後のビールはうまいでんなぁ
BC生活も1月を過ぎますと、地面の氷がだいぶ溶けてきます。昨日はでこぼこになったダイニングの床を平らにすべくドカタ作業。休養日が長引き運動不足のメンバーたち全員と一昨日休養から戻ったシェルパたち総動員です。作業の後のカールスバーグがたまりませんなぁ。

今朝、今後の登頂戦略ミーティングの後、三浦の豪ちゃんが赤福を持ってBCに遊びに来てくれました。今回のメンバーはみんな外人ですが、三浦雄一郎氏を知らない人はいません。ちょっと盛り上がりました。なんでも一昨年のエベレルト登頂の際にシェルパがゴミを氷河上に放置したのでそれを回収にきたとのこと。
ゴミ掃除を理由にやってくる登山隊の多い中、2年前の自分たちのごみを拾いに来るとはあっぱれですね。さすが有名人はスキャンダルに対しては敏感です。感動したラッセル隊長、豪ちゃんチームにC1テントの使用と無料フィックスロープの使用、そしてC2でのランチの約束を。さすがビールっ腹、いや、太っ腹ですねぇ。まあ、私も日本食の夕食に招待された次第です。赤福を目にしたときは正直よだれが!ちなみに今夜はコンラッドアンカーのスライドショーがwhite podで開催されます。タイトルは何かって?聞き忘れました!確か「地球温暖化と氷河の動き」みたいな。なんでもウェスタンクームやチュクン周辺に固定カメラを設置して撮影した超おもしろアングルの写真を披露してくれるとか。それまでに酔いつぶれないようにしないとね!(5/13)


sumo75(ウェスタンクームにて
本日も休養日。あと1週間休養日です。先にC3までの高度順応を終えたメンバーたちは昨日プモリC1に筋力維持ハイキングに行ってきたようです。
 今日はザックの話です。昨年秋のマナスルからホグロフスの「SUMO75」というバックパックを使っています。名前の通り75リットルの中型ザックです。シェルパが55リットルのザックを背負う中、なんで私は75リットルなのでしょうか?不公平な気もしますが、実はこれが必要なのです。だいたいお客さんは途中でへばります。最初から荷物を背負わせたらその日の目的地にたどり着けないのが一目瞭然というケースもあります。そんなときにこのくらいのザックが必要になります。この75というのが絶妙の大きさです。100リットルものはせいぜいマッキンリーまででしょう。酸素の濃いマッキンリーでは40キロオーバーまで担げてしまいますが、8000m峰ではちょっと苦しくなってきますね。しかし75リットルでも35kgいけちゃいますから怖いです。疲れたお客さんとの歩くスピードが絶妙のバランスになってきます。それでもアイスフォール通過10時間以上はきついですね。これ以上は命がやばいですからね。ウェスタンクームも灼熱地獄になってきますし。最悪C1ステイになった場合、これはもうPボトルに雪を詰め込んで枕にしないとテントの中でも熱射病になること請け合いです。話がそれましたが、重い荷物をしょってゆっくり歩くのが一番つらいです。シェルパの歩き方を見てみましょう。小走りに移動してはちょっと休んでまた小走り。これがシェルパ&ポーターウォークです。結論からいいますと、ザックは小さく、荷物はシェルパに!ということになりますかね。どう頑張っても私は「鍋割の草野さん」にはなれません。でもルクラで「ポーター杖」を買いました。草野さんにプレゼントしましょう!(5/12)


C2ではみんなダウンワンピースに着替えます。寒いですからね。BCと交信中のエイドリアン(左)と最強のシェルパ、プルバタシ(右)、そしてキュウイガイドのウディー(中)。
昨日高度順応敗者復活戦から戻りました。標高6400mのC2は閑散としていました。ほとんどのチームが高度順応を終了し、BCで休養しています。復活戦に臨んだシャーリーでしたが残念ながら復活ならず。酸素を吸いながらのBC帰還となりました。世界最高峰、やはり誰でもが登れる山ではありません。今年はすでに5人がリタイア。

シャーリーがC2で休養している日、私も私のための高度順応にC3タッチに行ってきました。
前日の灼熱のウェスタンクームでばて気味でしたが、登り2時間30分、下り30分で往復。さすが誰もいないローツェフェース、渋滞も落下物もありませんでした。上りですれ違ったのはカザフの星、デニス・ウルブコひとり。なんでもエベレスト、ローツェの縦走をもくろんでいるらしい。まあ、問題ないでしょう。ローツェではロシア人が一人亡くなりました。無酸素登山はやはり何があるかわかりませんね。まあ、エベレストもローツェも無酸素登頂はかなり厳しいと思いますが、ローツェフェースまでのルート工作をせずに無酸素登頂もないもんだと思いますね。まあ、人がこれだけいる山で単独とか無酸素とかはこの時代あまりというか全然意味ないような。やはり無酸素と単独はだれ一人いない山で、シェルパの力も借りずにやらないとね。まあ、エベレストに関しては秋のシーズンなら可能性はありますね。栗○君もBCから一人で登れば本物ですね。そうすると映像が自分自身で撮影したものだけになるのですが、それはそれでまさに本物でしょう。がんばってください。北面でもセラック崩壊で死者が出ています。時にわれわれの登頂はどうも23日くらいになりそうという話です。少なくとも1週間はBCでぶらぶら。危険ですね。お散歩でもしないと。(5/11)

今夜から前回C3に到達できなかったシャーリーを連れてC3までの4日間の高度順応に出ることに。シェルパたちは第2フェーズ終了パーティ明けの今朝みんな家族の待つクムジュンとポルツェに帰って休養です。というわけで2人だけの順応なのでシャーリーがもしアイスフォール通過に6時間以上かかるようならまた一緒にBCに戻らなければなりません。たのみまっせシャーリー!そうなったら私はC3タッチせずに登頂ということに。特に問題はないのですが、長い間BCでごろごろしていると足の筋力が衰えます。昨年はそれでひどい目に逢いましたので、このC3行きは筋トレ山行のようなもんなんです。

今日は我がwhite podに彼のコンラッド・アンカーが遊びに来ました。コンラッドとは2007年のチベット側で一緒でした。英国No1フリークライマーのリオ・ホールディングを率いて「セカンドステップのコーナーをフリーで越えられるか」、という番組の撮影できていました。これはあのマロリーはチャイニーズラダーなき初登頂まえのエベレストの難関、標高8700mにあるセカンドステップをどうやって越えたのかという検証番組でした。リオは酸素マスクを外し、いとも簡単にこの難関を突破したのでした。やはりフリークライミングは登山の基本ですね。フリークライマーはエベレストでも強かった!!

それでは苦行(ゆっくり歩くこと)に出かけてきます。(5/7)


写真=アイスフォール最上部

陽が当たる直前のC1(6100m)はかなり寒いですが、太陽の光とともに灼熱の1日が始まります!キャンプ1の向こう側には標高差800mのアイスフォールがBCへと落ち込んでいます。
昨日第2フェーズが終了しました。すなわち、頂上までのフィックス工作の終了とメンバーのC3(7300m)までの高度順応の完了です。頂上までのフィックス完成は昨年と同じ5月5日でした。というわけで今夜は危険なパーティーです。第一フェーズ終了パーティーはなんとか逃れましたが、今夜は逃げ切れるでしょうか。昨日も中国隊から北京ダックを一匹まるまるプレゼントされて胃がもたれています。今朝は残念なお知らせが一つ。日本人唯一の隊員だった舟橋さんがBCを去られました。今年は調子が悪かったようです。舟橋さんはアマチュア山岳映画では名前の通った人で、エベレストの作品を作ることを夢見て今年で5回目の挑戦でした。過去には十分登頂できた年が2回もあったのですが、予期せぬ不運に何度も見舞われ、夢はかないませんでした。そこで私が代わりにカメラを回すことを約束。がんばります。

それにしても「清掃登山」隊が後をたちません。エベレストはネパール国が清掃してますので、こういった人たちには自国でごみを掃除してもらいたいものです。なにも外国でしなくても!。ほとんどの隊はスポンサー集めのために「清掃」をうたっているだけですね。ちょっと違いますがそういった意味では日本はパイオニアかもしれませんね(笑)。

2、3日日記が更新されなかったら、二日酔いか非高度順応者をつれてC3まで行っていると思ってください。アーメン(5/6)



C2で電話をかけるドルジェ(※電話線はつながってません!)
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5月3日、ついにエベレストC2(ウェスタンクーム6400m)にも電話が開通。もはや衛星電話が不要となりました。ネパールの電話会社ナマステモバイルがゴラクシェップにアンテナを設置。残念ながら私の持っているメローモバイルのシムカードでは受信できません。

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ところで昨日C2から下りてきました。シェルパとガイドのエイドリアンは今日サウスコル、明日山頂までのフィックスを完了する予定。ヒラリーステップの渋滞緩和のためにダブルフィックスを設置予定。これで渋滞による酸素切れでの遭難者の数も減るかもしれません。

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近頃毎日のようにBCに観光ヘリが飛来。ついにIMGチームのBCテントに接触。これが問題化し新しいヘリポートを建設、といっても氷河を平らにするだけですけど。まあ、これが重労働ですね。

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C3の順応に出ている隊員たちも明日はBCに戻る予定です。本日はガイドの角谷氏が我がwhite podに遊びに来てくれました。フィックスロープ代金200ドル(2人分)を快く払っていただきました。さあ、フェーズ2終了パーティーのあとはフェーズ3の登頂です。楽しいフェーズ3終了パーティーができますように。

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BCには彼のピーター・ハーケット ドクターが。23年前にマッキンリーでギブスをしてもらいました。懐かしいなぁ。

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Hi Kobby! 来年はローツェだぜぃ!!

本日はそこはかとなき内容でした。(5/4)

今朝はジェネパスパーまでのルート工作が完了し、本日中にサウスコルへの最初の荷上げができそうです。その他のシェルパはC3の設営と荷上げです。本日夜半よりメンバー、ガイドは全員、最後の順応すなわちC3に一泊してBCに戻る、に出発です。7日間から8日間で往復します。体力、順応とも順調な隊員はC1はスキップしC2に向かいます。そうでない隊員は灼熱のC1泊りが待っています。私はC1泊り組です(涙)。ガイドに選ぶ権利はありませんから仕方ありません。早く行きたくてうずうずしている隊員、いまいち調子が悪いのでもう少しBCにとどまりたい隊員と様々です。ジェットストリームは今のところ遠くにいてしばらくは風の弱い状態が続くとのこと。昨年は順応後、強風に見舞われ5/19まで動けない日々を送りました。今回は最後の順応後、このジェットストリームがやってくる前にアタックしたいものですが、天気ばかりはどうにもなりませんからね。15日くらいまでにかたをつけたいものです。(4/28)

写真=みんな装備の準備に余念がありません

今朝はみんな二日酔いです。昨夜は第一フェーズ終了のパーティーでした。幸い危険を感じた私は参加しませんでしたが、朝食の時ののしられました。昨年はこのパーティーでシェルパが一人white podの天井から落下して腕を骨折しましたからね。山の状態はといいますと、今朝は北風に変わり北風の入らないウェスタンクームではC3の建設がはかどることでしょう。というわけで2、3日中には最終高度順応に出発できそうです。ロブチェからもどってだいぶ時間がたちましたから、足の筋肉がそろそろ退化してきました。昨夜のパーティー前は中国隊の女性群が北京ダックなどを御馳走してくれました。今朝早く中国トレッキングチームがヘリでカトマンズに戻ったのですが、そのさいパイロットが生サーモンを4尾運んできてくれましたので今夜も豪華な食事が約束されました。体がダメになる前に上部に行きたいものです。(4/27)

写真はパーティー予告と嵐の前のwhite pod

今日も休養日です。今朝もアイスフォールで崩壊があり我がシェルパたちもちょっと危なかったです。依然上部では強風が続いていて、気温も今朝は下がり、初めてPボトルが凍りました。ここ中盤戦に来て脱落者が3人です。一人はロブチェピークの下りで両足首捻挫してヘリでカトマンズへ。一人は坐骨神経痛。もう一人はクンブーコフが止まらず。この咳は普通なのですが本人が精神的に参ってしまったようです。
というわけで休養日のイベントの一つはレーシングカーです。今朝はドイツ人のヘルムートに30ラップ勝負で完敗。カールスバーグ1本やられました。彼がばりばりのポルシェ使いだということを忘れてました。乾杯!(4/25)



強風のローツェ南壁
本日は休養日です。といっても我がシェルパたちのルート工作と荷上げは急ピッチで進んでいます。天気予報ではこの先風の弱い状態がしばらく続くみたいで、一気に登頂にこぎつけたいという雰囲気です。
ラッセル隊長は25隊ある各チームを訪れ、アイスフォールより上部のフィックスロープ代金の徴収に回ってきました。ヒマラヤ登山でいちばん不公平な、フィックスロープは誰が張るのかという永遠にも思えた課題がここにきて解決の兆しです。それでも一人当たり100ドルという金額はただみたいなものです。4月の中旬にBC入りして100ドル払って登るのが一番「うまい」やり方でしょう。それでもその100ドルをけちる隊が後を絶ちません。登山許可を見れば一目瞭然なんですけど、とぼけるんですね。だったら自分で張ってみろってんだ、みたいな。
一方、定番になりつつあるロブチェピークでの高度順応ですが、こちらのフィックスに関しても昨日ある合意が成立しました。「高度順応を終えたら速やかにフィックスを回収する。」ということです。エベレスト上部と違って、毎日すごい速さで溶けてゆく氷は1日にしてアンカー用のアイススクリューを引っ張れば抜ける状態にしてしまいます。これをメンテナンスせずに放置すれば他の登山隊の事故につながることは間違いありません。トレッキングピークとして有名なこの山には、この山の登頂を目的としたトレッカーも多いのですが、フィックスを当てにしてやってくる隊も少なくないため、今後は各隊でフィックスの用意をしないと安全な登山は約束されないでしょう。
話変わって、ヒマラヤ登山にはリエゾンオフィサーという連絡官が付いてくることが決められているのですが、このシステムは百害あって一利なしです。パキスタンでは廃止された制度なんですが、ここネパールでは今でも続いています。この人たち、BCにやってくることは稀です。でも給料はすごく高いです。今回25隊のエベレスト登山隊がいますが、このリエゾンオフィサー、一人もBCにはいませんね。(笑えません)
(4/24)


ロブチェピークを登るデンマークから来たジェンス
昨年に引き続きロブチェピークに行ってきました。アイスフォールの危険を避け高度順応をするには最適の山ですが、今年は雪が少なく、上部斜面は状態があまり良くありませんでした。今年はイーストピークの山頂まで行きました。ほとんどのメンバーが6000mの肩に2泊宿泊。本日数人がBCまで戻りました。かなり人口密度の低い「White Pod」は快適です。昨日届いた3台目のエスプレッソマシーンも今日のところは健在のようです。一方エベレストのルートはC3まで伸びています。予定では本日山頂までのフィックスを完了する予定でしたが、一昨日来の強風で作業は少し遅れています。明日はC3に資材の荷上げの予定です。それにしても今年の参加者はみんな「ディスカバリーチャンネル」の見すぎでしょうか。ちょっと咳がでるとすぐにピンクドクター、モニカに相談にきます。これは高所登山ではごく普通です。飴でもなめてなさい、だそうです。エベレストはいろんな人たちが集まるところです。ある意味、山登りよりも面白いかもしれません。しばらく休養ののちC3までの順応に出発します。(4/23)


ポップコーンフィールドを荷上げする私(エイドリアン撮影)
今朝は早起きしてシェルパとともにC1(6100m)までささやかな荷上げをしてきました。3時にBCを出て6時にC1ですからまあまあのスピードですね。それにしても今朝のアイスフォールは賑やかでした。200人以上いたのではないでしょうか。夜中にBCを出発するシェルパたちに比べると朝日があたってから危険地帯に突入する登山隊を見るにつけ、なんて勇敢な人たちなんでしょ、と思わずにはいられません。ナンマイダ.。
さて、明日から1週間のロブチェピーク順応です。
(4/17)

プジャの「宴席」ではよりによって一芸を披露することになり、中国隊の次は何と私にふられてしまいました。とっさに出たのはなぜか「函館の女」でしたが、振り付けはちょっとヤバい系でした。その後7カ国くらいの隊員が踊りましたね。話は戻りますが、昨日はエベレスト登山に関しての取り決め、すなわち各隊の分担やSPCCとのゴミやし尿処理について、かなり突っ込んだ話し合いが行われました。もちろん話し合いに参加しない隊が大多数。困ったもんですね。(4/16)
函館の女を踊る私です(プルバタシ撮影)



指導中のエイドリアン
今日は安全登山祈願の「プジャ」でした。BC到着後早くも2週間目に突入。一昨日くらいからやっとこの高度に順応したようです。昨日はBC裏の氷河にアイスフォールトレーニングコースを作り梯子渡りやユマーリング、ラペリングの練習をしました。メンバーはカラパタールにハイキング順応にも行きましたが、私はプモリの6000mまでいって写真を撮ってきました。こっちはBCから1時間15分でいけますが、カラパタールには2時間半はかかるでしょう。順応はあちこち動き回るより滞在型で体力を温存するのが賢いかと、年をとるにつれて思うわけですが、きっと正しい方法です。明後日からロブチェピークでの高度順応が始まります。エベレストのルート工作はまだ始まったばかり。我がhimex隊はウェスタンクーム(C2)までの荷上げを完了しつつあります。それにしてもアイスフォールは去年と様相が一変してますね。一昨日はシェルパが梯子を踏み外し「ワンボール」にダメージを受けたようです!(アイスフォールの状態には関係ないですけどね!)その点女性は強いですね。
(4/15)


今年のアイスフォールはどうでしょう?
BCに到着です。かなり暖かいです。ほぼBCは完成していますが、昨年に比べると平地が少ないです。ホワイトポッドはさらにグレードアップし、インターネットブースが開設されました。ということはこの日記の更新率も上がるかもしれません。さて本日午前2時にBCを出発したシェルパたちは、アイスフォールを越えて昨年大雪のために残してきた装備類を発見しました。今年もかなりドライな状況なので発見は容易だったようです。装備はそのまま使えるので、隊としてはかなりのアドバンテージですね。

今年は昨年マナスルで一緒だった中国隊が、なんとHIMEX隊に参加しています。毎日ライブ放送をしています。中国隊が南側からエベレストに登る、それも公募隊に参加するというのはなんとなく不思議ですが、ひとつ言えることは、もはや彼らが国を背負っていないということでしょう。上海のテレビ局のようですが、チベット問題などを質問すると、「VERY DANGEROUS」の一言。彼らにもアンタッチャブルな世界なのですね。ちょっと安心。山登りは自由でなければいけませんからね。中国隊が自由に登山しているのを見るとホッとします。
(4/9)

ちなみに前回の更新の時に「次回はエベレストの夕焼けの写真」......とか言いましたが、曇り空で没りました。

クムジュン(3790m)で2泊の順応です。今年はタンボチェに行かずポルツェ周りで行きます。himex隊のシェルパのほとんどがここクムジュンとポルツェの出身ということも一つの理由です。昨年に比べると天気がいいですね。乾燥してます。これからナムチェに下りて帰りは峠からエベレストの夕焼けの写真がとれるといいですね。(4/3)
アマダブラム夕焼け