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更新されるかもしれないマナスル日記
BCからのマナスル
9月28日午前中、シェルパ5名、隊員4名、ガイド2名が登頂しました。今年のマナスルは大雪が降らなかったこともあってルートの状態も良く、まあイージーだったといってよいでしょう。全体にクラスティーなシベリアのような、言ってみれば危ない雪の状態ではあったのですが。また、すいているマナスルでした。チョー・オユーが開かれたことが大きいですね。同居のスイスチームは2人とも無酸素登頂を果たし、若いスイスのガイドスキーチームは、c3までは見とれるほどの豪快な滑りを披露してましたが(アイスフォールも一度も板を脱がず!まあ、それほどにやさしい斜面とも言える!)c4でマルコがちょっとやばい状態になり、夜中に下山、1名のみの登頂となりました。それでも無酸素登頂したその日にBCまで降りてきて宴会に参加したのはさすがですね。私は、65歳のオランダのヤン(45年前に北峰い登頂している)を伴ってC2に一泊してからの下山となりました。お隣の陽気なチリの3人組はかなり危ない路線でした。C4に3泊した挙句に登頂者は一人(もちろん無酸素)。前半かなりがんばってフィックス工作に貢献したのが後半たたったように思えます。がんばりすぎは禁物というお手本のようなスイススキーチームとチリチームでした。まあ、スイスの生ハムとチリワインはさすがでしたけどね!昨夜のパーティーが午後3時から始まったおかげで更新が遅れました。朝のBed Tea前の頭ぼけぼけの更新作業はつらいなぁ、と思っていたらシェルパ、ラッセル、チリ隊のアンドレアなんか、もうおしゃべりしてるではあーりませんか!(マダノンデタノ?!)。一人缶ビールを手にしてるシェルパも。ストロングアルピニストはストロングドリンカーじゃないとだめなんですかねぇ?修行が足りない私です。

結局、頂上への細い稜線は我がHIMEX隊が先頭でフィックス工作。そのあとぞろぞろと大勢が登頂。ただし、一度に登頂できないので、我々が少し下に下りるまで待っててもらいました。
雪の状態がよかったので、頂上直下まで速いメンバーで2時間半、私とヤンも3時間半で到着。

今回の記録:
ヤン=オランダ人初のTRUE SUMMIT
ソーレン=デンマーク人初登頂
デスレイ=プエルトリコ人初登頂
ジュリアン=キウイ(ニュージーランド人)初登頂(2004年に一緒にエベレストに登頂している)


(10/1)
TRUE SUMMITのエイドリアン
最後の登り
朝日を浴びるヤン。右下は北峰。
頂上から少し降りたところで記念撮影

9月21日にC3(6800m)タッチしてBCに下山しました。のどの調子が悪くC2に2泊の予定を切り上げての帰還。唯一の日本人メンバーの女性が動けない状態だったので、一緒に下山。ちょうどよかったです。衛星モデムの調子が悪く、今日まで更新できませんでした。cho-oyuでは今朝ほど登頂者が出ました。状態が良いようですね。マナスルの天気予報は、9/27がベスト登頂日和。29日の登頂でスケジュールを組んでましたが、急きょ28に変更。本日午後BCを出発です。今年のマナスルは状態がかなりいいです。雪もあまりふりません、今のところ。シェルパたちも3日間のサマ村での休養を終えて昨夜、BCに戻りました。では次回は登頂後ですね。(9/24)
C2
C3へ

天気予報は一週間、まあまあの天気が続くといっています。本日は朝から多くの隊が荷上げをしているようです。わがHIMEX隊もC2とC3を設営すべく早朝から行動です。一昨日の私とエイドリアンのフィックス最終地点からはさしたるクレバスもなく順調に荷上げが進んでます。なんと我が隊長のラッセルブライス自ら6500までの様子を見に行ってもう昼過ぎにはBCに戻ってきました。(相変わらず速い!)隊員たちは今日も晴天の中、読書、洗濯、トランプと、明日からの第二回目の順応行動に備えリラックスムードです。また本日はチリの建国記念日だそうで、丘の上のチリ隊のパーティーにお呼ばれです。先日も赤ワイン(瓶入り)を御馳走になりましたが、はたして今晩の分もあるでしょうか。次回はC3から戻ってからですね。(9/18)
BCからのアイスフォール。豆粒のようなシェルパや隊員たちが見えるでしょうか?
BCでくつろぐ隊員たち。左から3番目は、中国隊にインタビューされるラッセル隊長。いちばん右はチリの独立記念パーティー
BCから見下ろすマナスル氷河

9月15日、C1に2泊の高度順応の後、BCにメンバーと一緒に下りるはずだったんですけれど、エイドリアンと二人でC2先までのルート工作をすることに。驚いたことに昨年とは氷河の状態が一変していた。平均傾斜45度のアイスフォールには巨大なクレバスがたくさん!懸垂氷河も幅200mを超えたりしていて迂回の嵐。それでも宙づりになるような箇所はなく、推定6400mまでのフィックスを終える。ふと上を見ると新しいトレースが!!んなわけないよなぁ。まだ他の隊はルート工作できる状態じゃないはず。よく見ると表層雪崩の跡だった。フィックスロープがなくなったので、あまった10mとスリングをつなぎ合わせてさらにスノーブリッジを渡り100mほど偵察。テントが深いクレバスの側壁にぶら下がっている。昨年のヘンリー隊のテントか。この辺りはアイスフォールを超えた安定した氷河だったことを考えると標高は6500mくらいか。かなり崩れたねぇ、とエイドリアンと感慨深く話した後、スノーバーやアイススクリューのアンカーにロープを固定しながら下山。C1でヘンリーにお茶とクラッカーを御馳走になり、我々のC1(200mほど下)の戸締りをしてからBCへ。あー疲れた!(9/16)
C1先から始まるアイスフォール。スケールはエベレスト、クーンブアイスフォールと比べるとミニチュアのようだが
様相の一変したアイスフォールを行くエイ
ドリアン
C1のキッチン兼ダイニング C1の倉庫テント兼私のネグラ

カトマンズを出てから2週間近くが過ぎてしまいました。8/30にヘリ2フライトでサマ村に入ってからはほとんど雨の日が続きました。そして本日はじめての快晴。BCでは乾燥、洗濯大会が繰り広げられました。バッテリーの充電がこれまでできなかったのが更新されない理由です。サマ村に5泊、BCに5泊した後の昨日、C1を日帰り往復。昨年より少し低いナイケコルの上部をC1に。45年前にマナスルに登りに来たことのあるヤン曰く「当時はここがコルだったよ。」。ということは50b以上も雪が少なくなってることになりますね。
BCからC1への氷河を行く
洗濯物乾しと洗濯の日です。久しぶりに乾燥した日です。水道も引いてあります。
9月7日のプジャ(安全祈願のお祈り)は雨。ラマ教カレンダーの縁起のいい日に執り行われます。HIMEX隊のガイドとしてヒマラヤに来るのは7回目ですが、プジャの日に晴天でないのは初めてです。隊長のラッセルにとっては50回近くの遠征で初めてだそうです。ラマ僧は縁起が悪いと思ったのでしょうか、早く切り上げてほしいと思う隊員たちの心とはうらはらに、3時間ものフルコースプジャをお見舞いしてくれました。ありがたやありがたや!足が凍えるっちゅうの!(以上9/12)

午後はけっこう降ってます。シェルパたちはすでに徒歩でサマ入りしてます。大きなヘリがチャーターできず、メンバーは小型へりで30日にサマ村へ飛ぶことになりました。そんなわけでヘリに積めない荷物が山積み。明日、シェルパ徒歩軍団が荷物とともに出発します。この時期のアルガートからのアプローチは大変です。最初の3日間は気温が38℃くらいまであがります。おまけに蛭の季節です。マナスルはまだまだトレッカーが少ないのはそれだけの理由ではありません。本当に未開発みたいです。エベレスト街道のようには永久になりそうもありません。人々もまあ素朴です。昨年もがけ崩れでどこかの国のマナスル隊のメンバーが川に流され亡くなってます。先発のシェルパ達は明日BCにあがるみたいです。(8/27)

秋のマナスルが始まります。今年はチョーオユーもオープンしています。さてどちらの山が人が多いでしょうか?まあ、はっきり言ってちゃんとした公募隊が多いほうが登りやすいといえます。純粋な山の難しさはある意味インフラでどうにでもなる世界になっています、今や。昨秋のマナスルラッシュ、ポーターバブルは健在でしょうか?では行って来ます。(8/25)

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